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サイト責任者である私「ニシヤマタケシ(Agustín Takeshi Nishiyama Iguchi)」の略歴

 

1988年:キューバにてアフリカ・バントゥ族の祖霊崇拝パロ・ブリジュンバ派信仰の死霊契約

1988年:Nganguero(ンガンゲーロ)という呪術師の称号を授受

2006年:書籍「ヴードゥー大全・壇原照和:著」のキューバ編を監修

2013年:電子書籍「シックスサマナ・季刊」に於いて霊性探訪記「人を呪わば穴二つ」を連載開始

 

1985年~1994年キューバ在住・1997年~2001年ビルマ在住・2001年~現在はラオスに在住して居ります。

 

主体活動地:西アフリカのトーゴ・ベニン・ガーナ・ブルキナファソ・マダガスカル(沿岸部アフロ圏)、キューバ、ハイチ、ドミニカ共和国。


1988年、当時在住していた中米カリブのキューバ共和国に於いて、アフ リカ奴隷が齎した、いち自然信仰パーロ信仰へ入信しました。入信とは云いますが、個々が 「信仰したい」と望めば、今からでも信仰出来るものですが、この場合の入信は、強いて云えば僧になるというような感じです。「ラジャミエント」という自身の体に四カ所傷を付け、流れ出る血液を、墓地から掘り起こした、予め契約可能な霊の髑髏と大腿骨に掛け契を交わし、永劫己に寄り添い自身の肉体を共有するという形態を取ります。現世を非常に苦しく生きた奴隷 ですから、アフリカ本土より、信仰は現世的な利益を重んじるような形態で発展して参りました。報われず未練を残し去っていった先達の霊を傍らに置き、自身 の肉体を共有する事が死霊と契約者の本望で有り、共にする死霊の威力を常時利用出来るわけです。また、然るべき対応を怠らなければ、常に恩恵を得る事が可 能です。それは、他人に対しても提供出来ます。

私がキューバへ渡った当初は、何事に置いても背水の陣で、共産国家という体制から経済活動 も儘ならず、更には反体制国家の外国人という事から、渡航後の三年間は苦難続きでした。そのような経緯で出会ったのがパーロ信仰で有り、礼拝堂のようなも のは無いものの、信仰者同士が祖父母・父母・兄弟姉妹・親戚と、血縁が有るわけでも無く、親族関係至っては部族的な共同体を築き、信仰かつ呪術を駆使しな がら、現世の利益を追求する姿勢に感銘し入信(死霊契約)を果たしたわけです。基本的に契約者は、授受を請け負った「父(ホーリーファーザー)」から口伝 で作法(神霊や死霊との交信方法、及び神霊や死霊への対応方法、あらゆる呪術の施行方法、等々)を習得し、あとは各々の霊性を磨く為に、自身で得やすい方 法を助言を受けながら模索、そして体得していくわけです。私も、滞在時は身近に彼らが居る事も有り、難無く習得して参りましたが、90年代の半ばにキュー バを去らなければならなくなりました。日本を含めたアジアでは、パーロを続ける(信仰のみなら別ですが)のは不可能に近く、現地の熟練僧(呪い師)の助言 を受け、原始に近い信仰を持った人物が居る場に行け、これだけを頼りに吉と出るか凶と出るかも判らず、東南アジアに活動の場を見出しました。何処の自然信 仰にも様式は違えど、死霊を扱う呪術師は居るもの、これが当地の活動にて得た結果で有り、自身の研鑽にも大いに役立って参りました。

死霊 との契約というものは、契約者と対等関係です。契約時に、自身の血液を契りとして供します。対等とは云っても、契る死霊は強烈で、自身が霊性面の強化を怠 れば容易に勢力関係は崩れます。私の上半身全身は、バラモン系の呪画やパーリ語に依る呪文の刺青を入れておりますが、此の方策はインドシナに伝達 されたバラモン信仰が、当地でアレンジされ自身の体に認める事で、霊的な防御を可能にした方策です。キューバでは、到底及ばぬ方策ですが、これも当地にて 得た死霊と共にする為の一環です。共にする事は、最大の利益も齎すが、同時に最大の害悪も有るというのが死霊信仰です。

※私の霊性に対する「思考」「姿勢」「取組み方」などを綴ったブログ「土俗呪術随想録 http://khmersurin.blog62.fc2.com/」も御覧頂ければ幸いです。